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Koji Hashimoto | RIKEN, Nishina center | Japan

Read Bio

イギリスの重い雲の下で.

Sunday, May 6th, 2012

朝日が照らすイギリス東部の田園風景の中を、高速鉄道がロンドン、King’s Cross駅に向けて疾走している.まずいパニーニをほおばり、まずいコーヒーをすすりながら、幸せな時間である.

イギリス滞在は六日間だった.ケンブリッジ大学のニュートン研究所と、ダラム大学に呼ばれて、短い間だったが二度講演をした.旧友に会い、新しい人に会い、議論をするのは、全く楽しい.来て良かった.

物理というのは世界共通の言語なので、まったく初めて会った人とも、すぐに非常に深いところまで会話が出来るところが魅力の一つだ.僕はこれにいつも魅惑されながら過ごして来たように思う.友人でもそうでなくとも、物理の興味が近ければ、話し始めればすぐに、その人がどこまで深く考えたか、思索の道筋がどんなだったか、どんな風にそれを楽しんだか、が、手に取るように分かる.それが、日本人でもイギリス人でも、イラン人でも、会って話せば、まるで身体的な感触のように伝わるのである.生まれも育ちも文化も伝統も生活も人生も全く異なる人と会って、話すだけですぐにその人の貴重な財産について深い思索の底に一緒に降りて行ける、ということは、何物にも代えがたい魅力である.これが、自分の人生の糧になっている.

ダラム大学にお邪魔するのは初めてだったのだけれど、Mantonとソリトンの本を書いたSutcliffeや、Wardがいる大学なので、ソリトン好きな人間としてわくわくしていた.Sutcliffeには今までお会いしたことが無かったが、会ってすぐに、BPS solitonのtopological numberが多いときのsizeについて、激論を交わす.互いの主張が矛盾するように見えたので、かなりエキサイトした.しかし結局最後は、一件矛盾するような話のどこに原因があったのか特定出来て、お互いニヤニヤ.で、まだ出版していない研究のことなどを議論する.会ってから3時間.まったくお互いの文化や育ちや人生を話さないうちに、これまで何年もお互いに考えて来たことをぶつけ合うことが出来る.これがまさに、理論物理の醍醐味.

ケンブリッジに住んだのはもう6年前になる.日本を発ち、ヒースロー空港からのろのろと鉄道に乗り、ケンブリッジの宿舎のベッドに入り込む.次の朝、ニュートン研究所に到着してすぐ、研究所の芝生の匂いが、6年前の頃のことをはっきりと、しかもまざまざと、思い起こさせた.生活や研究、いろいろ辛かったことが思い起こされた.あれから6年になる.僕はその間何をやったんだろう、そう思って、自分の論文を眺め直したりしてみた.当時の日記を読み直したりしてみた.

なんとなく空しくなった.イギリスの典型的な、陰鬱な空に押しつぶされそうになった.家族や研究室から離れて一週間、地球の裏側に来たけれど、それは何のためだったのだろう、と感じた.呼ばれたら断らないというポリシーを貫くことに何の意味があるのだろうと思った.

けどね、しばらくして、研究所に続々と人が集まって来たとき、懐かしい顔がたくさん目についた.PaulやNick、Ki-MyeongやSungjay、DavidやDavid.議論をする.さっきの空しさは消し飛んでいた.

理論物理の研究の魅力には二つある.一つは、こうやって世界のあらゆる研究者と、議論をし思索を戦わせ、深い交流が生まれること.世界を探検する秘密の合い言葉を共有しているような.もう一つは、一人だけでどこまでも深く思索に耽り、ノート百ページの計算に没入して恍惚とすること.この二つの魅力が、僕の人生を決定的に決定している.

日々のしょーもない雑用から離れることは重要や.人生を確認する.

物理学会と異分野交流.

Tuesday, April 3rd, 2012

物理学会の年会が終わり、ほっと一息ついている帰路の新幹線の車内である.

学会では、午前と午後のセッションをそれぞれ1セッションとすると素粒子論領域で7セッションあったのだが、素粒子論の部屋に座ったのは結局そのうち3セッションだけだった.残りは他の領域をうろうろ.物性の領域1(量子エレクトロニクス)、領域5(光誘起相転移)、領域8(強相関電子系)や、理論核物理、宇宙物理などのシンポをはしごする.面白いものもあればまったく言葉がわからないセッションも.楽しい.

新幹線に乗って、なんだか寂しい気分になったのは、素粒子論のセッションに座っていた時間が少なかったせいか、友人たちと会って議論したりする時間が少なかったからかもしれない.夜は素粒子論委員会と素粒子論懇談会、無事委員長の一年が終わったのも、ホッとしたのかもしれない.物性のセッションに行って、新材料とかまったく分からずポツンと過ごしたのが思い出されて俺なにやってんねんやろなと思ったのかもしれない.

なにしか学会が終わって、今年度が終わって、なんとなくまた日記を書く気分になって、新幹線で久しぶりに書いてみることにしている.久しぶりと言えば、この3ヶ月、日記を書かなかったのだが、それも研究に没頭していたからだ.今日、その成果の論文を二つ出した.

一つ目は飯塚君との共著で、超弦理論を物性に応用する話.ランダウのフェルミ流体で成り立つラッティンジャーの定理(フェルミ面の囲う体積が荷電密度に比例するという関係式)を、重力理論に等価に写したときに、どの程度ユニバーサリティがあるのかを調べた.フェルミ面の重要な性質が高次元重力におけるガウスの法則で表される.面白すぎるよね.

二つ目は飯塚君と格子QCDの青木慎也さんとの共著で、超弦理論を原子核理論に応用する話.フレーバーが3以上の量子色力学を等価な重力理論に写し、バリオンにユニバーサルに斥力芯が存在するということを示した.中性子星の中心の物理に貢献できるかもしれない.この論文には、非専門家向けの長いレビューを付けた.超弦理論によるクォークの力学の計算に興味を持つ方にぜひ見ていただきたく思っている.

いずれも様々な議論や計算が思い起こされ、それが今日、世に出たのは、大変嬉しい.で、ホッとしている.読んでやってください.

以前は学会に参加しながらプログラムに面白かった講演の講評を自分で書き込んだりしていたものだが、結局学会から帰って来てそれを見直したりはあまりしないので、自己満足に陥っていたことに気付いた.で、今回は、ノート1ページに、今後研究になりそうなタネだけをメモしてみた.さて、それがどれだけ育つかな.学会や研究会は、自分の研究成果を議論するためだけのものではなく、タネを見つけるためのものでもある.今回は少しタネが出来たので、それで良かったことにする.安心してしまわないようにせねば.

新材料のシンポを聞いていて、良くわかった.自分の興味はここに集まっている人たちの興味の方向と直交している.ツライ.だからこそ聞きに行って良かった.僕の物理を掘り下げるということは、他の人の物理を知り、直交する方向に掘ることだ.

数理連携10の根本問題の発掘.

Tuesday, April 3rd, 2012

こんなタイトルの研究会を年末に主催した.本当のところを言うと、成功するとは思っていなかった.オーガナイザーがそんなんゆうたらほんまあかんけど、でも、実のところ、うまくいかないと思っていた.

ところが.この研究会のなんと楽しかったことか.ほんまに、全く予想外やった.これは、研究会に参加して下さって議論を盛り上げて下さった皆様、そして、講演者の皆様、のおかげである.心より感謝している.

そもそもこの研究会を作ろうとなったきっかけは、ひょんなところだった.文科省と数理連携でやろうということになった時に、せっかくやるんやから、実験的な企画、しかも、誰もやったことのないような企画、そして、失敗してもいいような企画、やってみて良かったと思えるような企画、にしようということで、オーガナイザーの津田さんと小谷さんと盛り上がった.そうせな、やりがいも無い.補助金がらみの研究会が全国で多発して、研究者がそのオーガナイズに疲弊している昨今に、よけいな研究会なんて、まったく必要ない.しかし、全く新しい形の研究会なら、やってみたい.失敗してもいいから、やってみる、その言葉が、気分を軽くしてくれた.

「10の根本問題の発掘」って、えらく仰々しい.根本問題というところが、大上段に構えている.けど、実のところ、1個でも出てくればほんまにもうけもんやと思っていた.根本問題なんて、かなり難しい.人生をかけられるような問題を根本問題というなら、研究者はそれを求めて人生をかけて研究している訳で、そんな問題が、たった4日の研究会で出てくるなんて奇跡に近いように思えた.

しかし、オーガナイザーを中心として、招待講演者に招待議論者、総勢30名近い、エキスパート中のエキスパートが集結することになった.数学者、物理学者、生物学者、脳科学者.議論好きな方々に特に集まってもらい、議論から生まれるアイデアや考え方を成果とする研究会とした.

そうそうたるメンバーで開幕した初日、数学者の荒井さんの一言が僕の胸を刺した.「根本問題なんて無限にあるんです.」そう、大事なのは、難しい問題を考えることではなく、数学と諸分野の間にすっぽりとはまり両者の研究者の頭を刺激し、その問題が解けることによって科学に多大な影響があるような問題、そういう問題なのである.難しい問題なんて無限にある.けれども、重要な問い方というのは、なかなか出てくるものではない.講演者のうち、大栗さんもそのように発言されていた.

講演は30分用のスライドをお願いし、実際の講演時間は1時間20分.その長さに講演者の方々は当惑していたが、しかし、ふたを開けてみると、様々な質問や議論が飛び交い、座長が議論を静止しなければいけない事態がたびたび.分野外の聴衆に話す前提で講演を構成していただいたため、初歩的なところの議論からスタートし、分野の言葉が違うところから来るすれ違いも多々あった.しかし時間を忘れるほどの議論の濃密さで、楽しい時間はあっという間に過ぎていった.脳科学者、数学者、物理学者、生物学者が、こんな風に時間を一緒に過ごすような研究会は、初めてだったに違いない.

参加者の一人が、「あー、おれこんな研究会を開催したかったんすよ」とポロッと言ってくれたのが、オーガナイザーへの最高の賛辞だった.講演者の方々からいただいたスライドから、根本問題の発掘を、オーガナイザーなりにやってみている.結果は公開して、参加者や講演者のみなさまの意見を募り、今後に生かしたいと考えている.

今回の研究会を振り返ると、やはり、研究会とは話を聞く場ではなく、話を元に議論をする場でないと、楽しくないということである.分野外の話を議論のレベルまで持っていくには、講演者の力量が問われ、その意味では、今回は講演者の方々のご努力でここまで議論ができるような研究会になったのは明らかである.招待議論者(core discussant)という形で、議論をしていただける方を招待したことも良かったかもしれない.とにかく、分かりやすい話、そして、議論、である.普段の研究の延長線上にこのような異分野交流の研究会が連続的につながったのは、奇跡に思えた.

研究会が終了した年末12月29日.部屋を片付け終わって、ドアを閉めようとする時、この部屋のドアを閉めたくない衝動に駆られた.この部屋でついさっきまで四日間、すばらしい科学者たちが思い思いの議論に熱を上げていたことが、信じられない感じだった.で、ドアを閉めて電気を消すのをやめて、講演者側のところに一つ椅子を持っていき、ひとり、広い会場に座ってみた.すると、いろんな議論が目の前によみがえってきた.すばらしい講演、鋭い質問、聴衆の間で戦わされる議論.何とも表現のしようもない、とてもとても贅沢な空気の中に、僕は一人座っていた.科学者をやっていて良かった、と思える瞬間だった.

Visiting Vietnam

Monday, December 19th, 2011

ビーチに打ち寄せる波の音を聞きながら、ゆっくりと30年前の論文を読んでいる.こんなのはサンタバーバラでポスドクをしていたとき以来なんちゃうやろか.

ここはベトナムのQui Nhonという街で、日本から一日半かけてやって来た.Elastic and Diffractive Scattering という会議で、そもそも僕の研究からはちょっと遠いのだが、non-perturbative QCDと言えば僕の研究分野な訳で、それでオーガナイザーの方に呼んでもらって、端っこで座っている.実験の話が半分以上なので、基礎的な言葉がわからず、また分かるつもりも薄く、何とものんびりと興味のある講演だけ聞きに行くという贅沢な時間の過ごし方をしている.スケジュールの中には理論セッションもあり、そこは楽しい.明日はchairをするし、明後日は自分の講演がある.

自分がベトナムに来ることなんて、想像もしていなかったし、またこれからもあるのかどうかすら分からない.ホーチミンでの飛行機の乗り継ぎが23時間という悲惨なものだったので、ホーチミンで一泊せざるを得なかったのだが、こういう機会だからと戦争証跡博物館を訪ねてみる.閉館30分前だったが、やはり行っておくべきかと思って.すると驚いたのは、この博物館にはアメリカ人が多く訪ねて来ていることだった.確か韓国で戦争の博物館を訪ねたときには、日本人なんて誰もおらず、韓国人の小学生が大挙して見学していた.ここホーチミンはそうではなく、このあたりが政治や国民性が見え隠れするところかも知れない.現地で見ないと分からない、感情がうずまく.今までそんなことを何度も経験して来た.

Qui Nhonの現地の最寄り空港には、ホテルの歓迎が待ち受けていた.花の首飾りをかけてもらったの、初めて.で、バスに乗り込んでホテルに向かうのだが、中途に通る村があまりに前近代的なので驚く.電気もろくに通っていないような暗い村に、笠地蔵の話に出てくるような笠をかぶった現地の人々が、自分の背の高さより高い荷物を載せて、バイクや自転車で往来する.トタン屋根に、水たまりばかりの泥だらけの道.ベトナム戦争のアメリカ映画で見たような村の光景がそこには広がっていた.ほんまはアジアはこんなところがほとんどなんや、という、多分当たり前の事実が眼前に展開されて、言葉が無かった.広がる水田やその向こうの山々は見慣れた風景ではあったが、日本の僕の知る田園風景との違いがよけいに際立って見えた.

近代的なホテルに到着すると、どうやら他の研究会も同時に開催するらしいことが、垂れ幕で理解された.不思議な感覚である.近いけれどもこんなに遠いところまで来て、知っている人たちと偶然に再会する.静かに一週間過ごそうと思って来たが、他にも研究会があってそちらにも知人友人の講演が並んでいると、ついついそちらにも出たくなってしまう.それにしても静かに部屋で波の音を聞きながら研究が出来るのは素晴らしい.インターネットが、遅いなりにも割と使えるので、論文を参照するにも不便が無い.けれども研究以外の仕事がひっきりなしにやってくるのに対応しなくてはいけないのは、インターネットの弊害である.こんなベトナムの田舎まで来て、こうやって日記をすぐにアップできるのも変なものである.それにtwitterを通じて、いつもおしゃべりしている人たちの会話をそのままここに持って来れるのも、不思議な感覚である.ベトナムの波の音が、湘南の波の音と一瞬聞き間違えるかのごとく.

せっかくいろんな会議をサボらせてもらってベトナムまで来ているのだから、30年前の論文の続きをゆっくり読もう.打ち寄せる波を見ながら論文を読むのは、本当にポスドクのとき以来だ.波の音は、悠久のときの流れを感じさせるだけでなくて、10年前の自分に一瞬で連れ戻す効果があるらしい.

物理をのんびりやろう.嬉しい.

 

ヒッグス粒子の探索:神と握手、なるか?

Wednesday, December 14th, 2011

スカイライナーが、朝日が昇る前の東京から滑るように逃げて行く.

昨夜はヒグス(ヒッグスっていうのが世間ではスタンダードかな)のCERNセミナをweb中継で観た.データの最終図を見ると、秋からさらにぐぐっと線が下に押しやられ、まさに除外領域がどんどん増えているのが実感できる.で、ATLASとCMSの両方が同じ125GeV近傍を指し示していそうなところがまた示唆的で、ドキドキする.今年の大きなクリスマスプレゼントは、まだ幾千もの素粒子模型を死滅させる決定力は無かった.けれども、今年のLHCの大活躍を目にした誰もが、このままLHCが順調に走れば、来年のヒグス発見を疑わないだろう.

CERN中継が世間を騒がせていると言えば、秋のニュートリノ光速超えのニュースだろう.パリティ2月号掲載予定でちょっとだけ編集委員として僕も書かせてもらったが、実験で確定するというのはとっても難しいことなのだ.今回のヒグス発見へのATLAS/CMSの努力と、ニュートリノ光速超えのOPERA実験とを同列で比較するときっと実験の人に怒られるが、それにしても、ものすごい数のデータから物理を引き出して「確定」するというのは並大抵のことではない.ヒグス粒子の存在が98.9パーセント確実、という言葉が新聞に踊っているが、それは素粒子物理学的にはまだまだ「発見」では無いのだ.今までの実験の歴史で、99.9パーセント確実なものが、更に良く調べてみると実はありませんでした、なんてことは何度でもあった.

それにしてもLHCの巨大実験のスケールときたら、すごいよね.大学時代に学生実験で、一年をかけて実験を企画から作る経験をしたわけだが、その経験と現在のLHCの巨大実験が連続的に実はつながっているなんて、信じようとしてもなかなか実感できない.それほど、巨大だ.そんな精緻かつ巨大な素粒子実験にはいつもやきもきさせられるが、自然の本当の姿を見るというのは、大変な努力がいることなのだ.LHCも計画から既に数十年、目標の達成を目前にして、関わる人全てが心血を注いでいる.素粒子理論屋の一人としてエールを送るとともに、来年に来るはずの素晴らしい発見を心待ちにしたい.

ヒグス粒子のような基礎科学用語がインターネット上をこれだけ飛び交い、新聞にも大きく掲載されるというのは、科学者の端くれとしてほんとうに嬉しいことだ.この世界の最も小さい構成要素がどうなっているんだろう、という不朽の問いの答へ向け、人類が前進している、その事実が世間で言葉にされて話されている、それほど素晴らしいことは無い.この一週間は、素粒子業界ではない人に会うごとに「ヒッグスはどうなんですか」と聞かれたのだが、それだけ世間の関心が高いのは珍しい.ヒッグスの前に見つかった素粒子はトップクォークで、それは僕が大学4年の時だった.素粒子業界に入る前だったので、それがどのくらい業界内で騒がれたのかは知らない.当時、ある朝の新聞のトップ記事に大きく踊る「トップクォーク発見」の文字に、ものすごく興奮したのを思い出す.素粒子ってすごい、と全く単純に感動した大学生の自分がいた.今回のヒッグスの話も、きっと日本の科学を底上げする大きな力になる.

 

Science Live Show “Universe”

Wednesday, August 3rd, 2011

ふー、サイエンスライブショー「ユニバース」にゲスト出演.

あらら、お父さんお母さん、口開けて寝てるやん.

f:id:D-brane:20110731103909g:image:w360:left

科学技術館のサイエンスライブショー「ユニバース」に、ゲスト科学者として出演してきた.10分ほどの時間で、研究している内容などを聴衆に説明するコーナー.聴衆には、なんと1歳の赤ちゃんからおじいさんまで.一階で同時開催されているイベントのため、出演した日には聴衆は小学生、中学生、高校生が多い.

それにしても小学生に、パワーポイントのスライドで科学を説明するというのは、困難を極める.「ユニバース」が上演されている科学技術館のシンラドームは3Dの映像の楽しさを伝えてくれる.東京の星空、そして太陽系から、宇宙の大規模構造まで、「みたか」は3Dでぐるぐると自由自在に見せてくれる.聴衆から歓声が上がる.「うわぁー!」3Dの宇宙ステーションが目の前に迫り、触れるのではと空中に手を伸ばす子供たち.その興奮のコーナーの後に、ゲストコーナーだ.うーん!!

司会の大朝さんのおかげで、なんとかお話を最後まで乗り切った感じ.口をぽかんと開けて真剣に聴いてくれる子もいれば、親子で完全に睡眠モードに入っている、なーんてのも.いいんですよ~、僕もプラネタリウムで暗くなって寝ちゃったことあるし...って自分を励ましたりして.

実は、当日の朝に、小学二年生の娘を前に練習してみたのだが、本番はそう甘くはないわけで.自分なりに、ふりがなをふったりドラえもんを入れたり、パワポの動画を出来るだけ使ったり、小学生を対象と考えた脚本書いたり、いろいろやってはみたのだが、聴衆の目は厳しい~!!科学の一端を感じてくださった方がいれば、それだけで満足.果たしてどうだったかな.

司会の方と、後ろでソフトウェアを操作している学生さんたちの連携の素晴らしいこと.宇宙って、広くて、そして分かっていないことがたくさんあるんだなあ、ということが、3Dの授業で肌身で感じられる仕掛けになっていて、関心しきりでした.こんなプロジェクトを立ち上げた方々も凄い.

ゲスト科学者、なんていう肩書きでかっこ良く登場させてもらったが、なかなか力至らず.でも、貴重な機会を楽しませてもらいました.科学技術館と「ユニバース」のスタッフの皆様、大朝さん、ありがとうございました.

 

Under the sky, Paris.

Thursday, June 16th, 2011

体調が優れないまま成田から発ち、パリの街に降り立った.外国出張するときにはいつも、心が興奮状態になるものだが、今回は違って、少し沈んでいた.いや、沈んでいたというより、なんと言うか、ホッとしていた.なんでホッとしているんやろ、と機内で振り返ってみた.答えは明らかで、今週やらなくてはいけないことが一つしか無い、という明らかな事実が自分をホッとさせているのだった.

日常の業務から解放されるというのは、研究者にとって命綱であることが眼前で明らかになった気がした.今回の出張と重なっている業務や会議がたくさんあるが、それは全て、申し訳ないと思いながらも代理の方にお願いしたり、そのために調整したり.家族を含めいろんな人に無理を言って、一週間の時間を作った.その一週間がようやく始まると悟り、機内でホッとしたのだった.

自分の今までの日記を見ていると分かるが、何度も繰り返し、もやもやした頭の状態を如何に作り出し継続させて、研究の方向性を創出するか、を大事にしている.日常業務に阻まれて出来ないのは、このもやもやした時間をつくることだ.答えをあえて出さずに、答えが自然と出てくるようにする.それは、日常業務で瞬時に判断を迫られるのとは全く逆である.

貴重な一週間をどう過ごすか.幸い、自分がチェアをするセッションは今日という研究会初日で終わる.また、自分の講演は木曜日で、講演のドラフトも完成した.今週は、実験の最新の結果を、頭があふれるくらい聞いて聞いて聞き流すのも良いかもしれない.友人とゆったりと物理を話し込むのも良いかもしれない.古い友人にも会うつもりだ.会ったらすぐに研究の話だろうが、それでも、フランスに持って来た自分の体に染み入るような貴重な経験をするには、やはり、日本で時々思い出す古い友人の顔に直接会うことが効果的だろう.

頭をリセットしよう.で、パリの街に出発.会場のパリ天文台まで、徒歩5分の所にホテルをとってしまって、失敗した.もっと長い距離にしておくべきだった.歩くという行為は、研究の時間である.

 

Supersolid. 超固体。

Monday, May 23rd, 2011

「超」がつくものは凄いに決まっている.理研のプレスリリースをtwitterで知ったのは、もう一ヶ月ほど前になる.そこには「超固体」の文字が踊っていた.理研の河野低温物理研究室.「超固体は存在する

f:id:D-brane:20110523200334j:image:w200:right

で、早速河野さんにセミナーをお願いしたところ、快諾してくださった.今日の午後、河野さんを囲んで研究室セミナーが始まった.QCDの様々な相を研究している人間にとって、物性で出現する奇特な相のことを学んでおいて損は無いはず.そういう、かなり軽い興味から入ったのだが、そう、興味なんて軽いところからでいいのだ.超、がつくものは、超弦理論からなんから全部知っておきたい、そんなミーハーな興味でもいいのだ.

超固体という概念は、1970年にA.J.Leggett(2003年ノーベル物理学賞)が考えたものらしい.彼の論文”Can a Solid Be Superfluid?” がその論文の新奇さを物語る.レゲットの予言から40年、その実験的存在に決着がつきつつある.固体なのに超流動成分を持つ、超固体.その正体は未だ未解明だ.河野さんのグループの研究が、実験的決着をつけるのだろうか?...それにしても、理研研究本館一階に、そんな超固体を目指してあんな速さで検出器ごとぐるぐる回っている装置があるとは!

今日は、「超」がつく物理現象を、また一つ学んだ.次は?

 

反物質チョコ:本日理研一般公開。

Tuesday, April 26th, 2011

「はしもとせんせーい、反物質チョコ食べてくださーい!」の声に、娘と駆け寄ってみると、なんとそこには、は、は、反物質チョコが!!しかもいろんな種類があるではないか.おそるおそる手を伸ばしてみた.反物質なら手を触れたら手が消滅してしまうことも忘れて・・・

ここは理研の研究本館6階エレベーターホール.山崎原子物理学研究室は、先日新聞などで取り上げられ有名になった、あの反水素の大量生成に成功したグループだ.今日は年に一度の、理研の一般公開.山崎研は、最後の手段をついに披露してしまった.「反物質チョコ」を配る!

物質は、反物質と接触すると、対消滅し光を出す.反水素とは、水素の反粒子である.反物質チョコは、正確には反チョコとも言うべきものであろう.あ、手が対消滅する!そう思って手を引っ込めた瞬間、娘の手には反物質チョコが既に四つも握られていた.そう、これは、チロルチョコの特別包装だったのだ.包装にはしっかり、反陽子と陽電子、すなわち反水素が印刷されていた.これ、レアやわ.

ほくそ笑みながら、娘とその反物質チョコを奪い合い、一つを口に入れた.すると、一瞬で融けて消えた.さっすが反物質.その甘さは爆発的だった.ガンマ線は出なかったと信ずる.反物質チョコは、意外なことに、キナコモチの味がした.

そんなこんなの理研一般公開.広い和光キャンパスの至る所で、科学とふれあうイベントがてんこもり.幼稚園の子供たちからおじいさんおばあさんまで、理研を広く解放し、科学の心をちらりと持ってもらうイベントである.今年はうちの研究室は、この時期に研究室構成員が何人になるか見当がつかなかったため、研究室としての参加は見送ったのだが、おとなりの延與放射線研のお手伝いをするという有志PDが立ち上がり、昨年と同様の磁石の担当をさせていただくことになった.僕もその解説員としてお茶を濁すことに.午後の自分の担当が始まる前に娘といろんなところを見ておこうと思って、RIBF棟などを回る.

小学校低学年でも作れる分光器.30分かけて一所懸命娘が作る.出来上がったのを覗いて虹色が見えたときの娘のうれしそうな顔と来たら.ふと横を見ると、50歳くらいのおばさんが、一人でまた一所懸命作っている.あーでもないこーでもないとうんうんいいながら、両面テープを貼っている.なんと素晴らしい光景だろう.日常的には科学研究に全く触れることもないであろう人たちが、自分の手で実験器具を作りそれで実験をし、科学を体験する.素晴らしいとしか言いようが無い.


轟音をたてて動いているスーパーコンピュータ、三等身になれるフレネルレンズ、空中に静止するシャボン玉、原子核衝突を見立てた空気砲、などなど、一日では到底全部は体験できない数の楽しい科学とのふれあい.娘は去年もらったビー玉が忘れられないらしく、今年も原子核衝突を擬したビー玉実験に並び、見事実験をしてビー玉を獲得していた.

自身の担当の段になり、若干緊張して持ち場に向かう.早速いろんな人が話しかけてくる.必死に対応していると、いつの間にか、宇宙ってすごいよね、対称性って何だろう、と熱心に熱心に語っている自分の姿があった.こちらが熱心になると、聞いてくださる方も熱心になる.この世の中は不思議だな、どんな風になっているんだろう.その気持ちを伝えたい一心だった.

小学生の子供たちにはクイズを出す.そのクイズに答えられた子供のうれしそうな顔と言ったら!で、その子が言った.「ぼくはしょうらい、かがくしゃになりたいんです」

ほんまに嬉しかった.「りけんでまってるで」

展望会。

Saturday, March 5th, 2011

10分間という短い持ち時間で、今年一年の自分の研究を振り返り、来年一年の展望を語る、というのは簡単ではない.しかし、10分間に凝縮しないと見えないことがたくさんある.本郷の初田研で毎年開催しているらしいそのような会を参考にして、展望会と名前を付けた会を昨日開催した.

それにしても、色んなまとめ方があるものだ.10分にまとめるというだけの条件だったので(しかし質問は何でも許すことにして、議論を含めた時間は30分)、発表の形態の多様さは僕の想像を超えていた.持ち時間のほとんどを使ってミニセミナー形式で研究成果を語ってくれる人もいれば、これからの自身の研究姿勢についての課題を具体的に見つめ直す人、自分の研究時間の構成割合を円グラフで示して来年にむけて身を引き締める人、多彩なoutlookのそれぞれの難しさを評価する人.矢崎先生にもご参加いただき、黒板での研究成果の発表はまるで講義を聴くかのようだった.

前日に自分のスライドを用意していて、はたと考え込んでしまった.僕はどうなんだろう.今年度何をしたか.来年度何をするか.今年度やった一番嬉しいことを皆に伝えるチャンスや.ほんで、来年度これを絶対やるということを宣言するチャンスや.はたしてそこで言える一言はなにか?

10分に制限したのは、言う言葉の数を減らすため.一年の成果を話すには10時間あっても足りないのは当たり前.なので、それを10分でするというのと、1分でするというのは、実は同じ.そやから、10分与えられていても、一言で終わらせないと行けない.一言でまとめないといけない.

そう思って出てきた一言は、「僕の原子核が出来た」やった.展望会ではしょっぱなに、皆に、超弦理論のホログラフィーでQCDから計算した原子核の、立体画像を見せた.皆のコメントの出ること出ること.嬉しかった.僕はこの、まあるい原子核を出すために、この4年やってきたんやわ.その厳然たる事実を、展望会の準備をするまで忘れていた.毎日の計算や思索は細かいステップに溺れ、一年という単位で物事を考える機会を失っていた.展望会は、まさに展望会になり、僕自身に素晴らしい機会を与えてくれた.研究室の皆のため、と思って開催してみたが、うん、研究室メンバーの一人としての自分にも大きく役立ったことは間違いない.

展望会の後は、というか途中から、お酒が入り、研究室を出て行く人の壮行会となった.この一年、新研究室の激動の中をくぐり抜け、研究室を生み出すことに協力してくれたメンバー達に礼を言った.彼らなしでは、この場所は単にがらんとした空虚な空間だったことだろう.それが、今では、広大な黒板は常に議論で埋め尽くされれ、ライブリーな雰囲気であふれ、時には研究会などで人がたくさん集う場所になった.理論物理をやる場所として、少なくとも僕の理想の場所になった.空虚な場所をこのような理想の楽園にしてくれたのは、研究室メンバーと、川合研を含む周囲の方々のおかげである.そのうちの少なくない数の人たちが3月で去って行ってしまうことは、本当に寂しい.しかし、彼らの旅立ちに際して、展望会という形でも、少しだけはなむけが出来たような気がした.けれどもこれはまさに直接そのまま、来年度の自分自身へのはなむけになってしまった.