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Koji Hashimoto | Osaka univ. | Japan

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弦理論の地図。

火曜日から、またまた楽しい時間を過ごしている。

二年前に開催してとても楽しかった集中セミナー「弦理論の集い」の第二回を現在開催中。とことん議論しようという集まりで、「研究会」というより、たくさんセミナーがあってそれをintegrateしようという企画と言ったほうが正しい。企画の意図は前回より更に野心的になっている。二本立て。(1)弦理論研究の「現在」を(一部でも)切り取った断面図をみなさんのセミナーでとことん議論して、(2)それプラスちょっとイベント的な企画で弦理論を眺めよう、という感じ。

前者については、質問は拒まずしかし1時間から1時間半で終わるという(前回を踏襲した)スタイルのため、予定した講演内容の三分の一にすら達しないで終了する講演ばかりとなった。しかし僕も含めて皆さん満足げ。というのはやはり、この集まりはdetailを議論するtopic型のものではなく、全体像を把握するためのものであるということで、それを前提に話していただいており、聴衆と講演者が渾然一体となっているからだ。どの講演もとても楽しい。自身の講演では、少なめに5枚用意した板書ノートの1枚目でなんと時間切れ。しかし、メッセージは完全に伝えられた実感あり。質問が議論を呼び、背後の物理について詳しく意見を戦わせられたことが大変良かった。自分の中のイメージもかなり鋭利化できた。すし詰めになったセミナー室は、議論が前から後ろから飛び交い、まったく僕の想像を超えたintegrationだった。

f:id:D-brane:20100921125229j:image:left

後者の「イベント」として企画したのは、弦理論の地図作り、だった。もちろん参加者は偏っているから全体の地図なんて到底完成しないわけだけれど、たまたま、地図を語るためにも、すばらしい講演者たちに来ていただけたと思う。講演者は僕も含めて、94年から98年の弦理論変革期に大学院生でまさに研究を始めた世代、それから10年以上が経過して、その間の様々な弦理論の領域をたどってきた人ばかりだからだ。みなさんが弦理論をどう見ているかということを聞くのも楽しみだったし、そうれを統合してどんな絵が描けるのかにわくわくしていた。なかなか楽しいイベントで、地図を描いてそこに自分のたどってきたルートを記入すれば、自然とそれぞれの研究のポリシーや興味が浮き彫りになる。自分のworldlineとして「どこをたどってきたか」というより「どこをたどってこなかったか」を聞くのが重要だった。どんな物理も正当な批判を受けるべきだしまたどこに将来性を見ているかを説得できる必要がある。不思議なことに、講演者全員のworldlineを書くと、地図のほとんどの領域が埋まってしまった。もちろん、地図には書かれていない領域も多く、単に部分図もしくは偏った図という面もあるだろうかが、埋まったということは不思議であり、また、他の人のたどってきたworldlineを眺めて再体験したり、交点での共同研究などの歴史的経緯も面白かった。

地図が書けたから弦理論の将来が予測できる、なんてことは絶対にない。そういう意味では「弦理論の地図」は役にはたたない。我々の日常使う地図のことを考えたとしても、例えば開拓時代の地図には広大な白紙の領域があるわけで、地図というものは、先人たちが開拓した場所の情報が書かれているだけだからだ。しかし、地図には、先人たちが開拓しようとした領域にどのような重要な問題(白紙の部分)が残っているかを一目で見ることができる、という利点がある。加えて、我々は、登ってみたい大きく険しい山「弦理論山」がそこにあることを知っている。山は白紙の部分にあるかもしれないし、先人が見過ごした領域にじつはルートがあるかもしれない。先人たちの開拓した領域は、開発がどんどん進んでいるものもあれば、やはりそこにも山があり登頂が断念された領域もある。

地図は、このような意義を持っている。一方良く知られたことには、世界地図もどこを中心にどういう向きに書くかで、地図の与える印象がまったく違い、政治的に利用されているということである。弦理論の地図を描くときもまったく同様で、何を中心に書くか、どういう向きに書くかで大きく印象が違う。領域間の関係なんて、結局多次元的で、平面図に書く事などできない。しかしそのあたりに、地図を描くセンスが潜んでいるわけだ。今回、9名の講演者に来ていただいて皆で地図を議論したのは、地図を広く解釈できるか、新しい視点を得られるか、という理由もあった。

まあこんな能書きはともかく、自分の研究の地図を書くというのはほんま楽しいことなわけ。面白かった。大きな黒板に広く書かれた地図は、色とりどりのチョークと登山家の印で一杯になり、ぐちゃぐちゃになった。「弦理論山」を荒らすくらいの元気ある登山家たちで、山が一杯になって欲しい。

地図を見て思うことはもちろん一つ。僕自身も、未踏峰に登頂して、地図を塗り替えたい。

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