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Koji Hashimoto | Osaka univ. | Japan

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反物質チョコ:本日理研一般公開。

Tuesday, April 26th, 2011

「はしもとせんせーい、反物質チョコ食べてくださーい!」の声に、娘と駆け寄ってみると、なんとそこには、は、は、反物質チョコが!!しかもいろんな種類があるではないか.おそるおそる手を伸ばしてみた.反物質なら手を触れたら手が消滅してしまうことも忘れて・・・

ここは理研の研究本館6階エレベーターホール.山崎原子物理学研究室は、先日新聞などで取り上げられ有名になった、あの反水素の大量生成に成功したグループだ.今日は年に一度の、理研の一般公開.山崎研は、最後の手段をついに披露してしまった.「反物質チョコ」を配る!

物質は、反物質と接触すると、対消滅し光を出す.反水素とは、水素の反粒子である.反物質チョコは、正確には反チョコとも言うべきものであろう.あ、手が対消滅する!そう思って手を引っ込めた瞬間、娘の手には反物質チョコが既に四つも握られていた.そう、これは、チロルチョコの特別包装だったのだ.包装にはしっかり、反陽子と陽電子、すなわち反水素が印刷されていた.これ、レアやわ.

ほくそ笑みながら、娘とその反物質チョコを奪い合い、一つを口に入れた.すると、一瞬で融けて消えた.さっすが反物質.その甘さは爆発的だった.ガンマ線は出なかったと信ずる.反物質チョコは、意外なことに、キナコモチの味がした.

そんなこんなの理研一般公開.広い和光キャンパスの至る所で、科学とふれあうイベントがてんこもり.幼稚園の子供たちからおじいさんおばあさんまで、理研を広く解放し、科学の心をちらりと持ってもらうイベントである.今年はうちの研究室は、この時期に研究室構成員が何人になるか見当がつかなかったため、研究室としての参加は見送ったのだが、おとなりの延與放射線研のお手伝いをするという有志PDが立ち上がり、昨年と同様の磁石の担当をさせていただくことになった.僕もその解説員としてお茶を濁すことに.午後の自分の担当が始まる前に娘といろんなところを見ておこうと思って、RIBF棟などを回る.

小学校低学年でも作れる分光器.30分かけて一所懸命娘が作る.出来上がったのを覗いて虹色が見えたときの娘のうれしそうな顔と来たら.ふと横を見ると、50歳くらいのおばさんが、一人でまた一所懸命作っている.あーでもないこーでもないとうんうんいいながら、両面テープを貼っている.なんと素晴らしい光景だろう.日常的には科学研究に全く触れることもないであろう人たちが、自分の手で実験器具を作りそれで実験をし、科学を体験する.素晴らしいとしか言いようが無い.


轟音をたてて動いているスーパーコンピュータ、三等身になれるフレネルレンズ、空中に静止するシャボン玉、原子核衝突を見立てた空気砲、などなど、一日では到底全部は体験できない数の楽しい科学とのふれあい.娘は去年もらったビー玉が忘れられないらしく、今年も原子核衝突を擬したビー玉実験に並び、見事実験をしてビー玉を獲得していた.

自身の担当の段になり、若干緊張して持ち場に向かう.早速いろんな人が話しかけてくる.必死に対応していると、いつの間にか、宇宙ってすごいよね、対称性って何だろう、と熱心に熱心に語っている自分の姿があった.こちらが熱心になると、聞いてくださる方も熱心になる.この世の中は不思議だな、どんな風になっているんだろう.その気持ちを伝えたい一心だった.

小学生の子供たちにはクイズを出す.そのクイズに答えられた子供のうれしそうな顔と言ったら!で、その子が言った.「ぼくはしょうらい、かがくしゃになりたいんです」

ほんまに嬉しかった.「りけんでまってるで」

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展望会。

Saturday, March 5th, 2011

10分間という短い持ち時間で、今年一年の自分の研究を振り返り、来年一年の展望を語る、というのは簡単ではない.しかし、10分間に凝縮しないと見えないことがたくさんある.本郷の初田研で毎年開催しているらしいそのような会を参考にして、展望会と名前を付けた会を昨日開催した.

それにしても、色んなまとめ方があるものだ.10分にまとめるというだけの条件だったので(しかし質問は何でも許すことにして、議論を含めた時間は30分)、発表の形態の多様さは僕の想像を超えていた.持ち時間のほとんどを使ってミニセミナー形式で研究成果を語ってくれる人もいれば、これからの自身の研究姿勢についての課題を具体的に見つめ直す人、自分の研究時間の構成割合を円グラフで示して来年にむけて身を引き締める人、多彩なoutlookのそれぞれの難しさを評価する人.矢崎先生にもご参加いただき、黒板での研究成果の発表はまるで講義を聴くかのようだった.

前日に自分のスライドを用意していて、はたと考え込んでしまった.僕はどうなんだろう.今年度何をしたか.来年度何をするか.今年度やった一番嬉しいことを皆に伝えるチャンスや.ほんで、来年度これを絶対やるということを宣言するチャンスや.はたしてそこで言える一言はなにか?

10分に制限したのは、言う言葉の数を減らすため.一年の成果を話すには10時間あっても足りないのは当たり前.なので、それを10分でするというのと、1分でするというのは、実は同じ.そやから、10分与えられていても、一言で終わらせないと行けない.一言でまとめないといけない.

そう思って出てきた一言は、「僕の原子核が出来た」やった.展望会ではしょっぱなに、皆に、超弦理論のホログラフィーでQCDから計算した原子核の、立体画像を見せた.皆のコメントの出ること出ること.嬉しかった.僕はこの、まあるい原子核を出すために、この4年やってきたんやわ.その厳然たる事実を、展望会の準備をするまで忘れていた.毎日の計算や思索は細かいステップに溺れ、一年という単位で物事を考える機会を失っていた.展望会は、まさに展望会になり、僕自身に素晴らしい機会を与えてくれた.研究室の皆のため、と思って開催してみたが、うん、研究室メンバーの一人としての自分にも大きく役立ったことは間違いない.

展望会の後は、というか途中から、お酒が入り、研究室を出て行く人の壮行会となった.この一年、新研究室の激動の中をくぐり抜け、研究室を生み出すことに協力してくれたメンバー達に礼を言った.彼らなしでは、この場所は単にがらんとした空虚な空間だったことだろう.それが、今では、広大な黒板は常に議論で埋め尽くされれ、ライブリーな雰囲気であふれ、時には研究会などで人がたくさん集う場所になった.理論物理をやる場所として、少なくとも僕の理想の場所になった.空虚な場所をこのような理想の楽園にしてくれたのは、研究室メンバーと、川合研を含む周囲の方々のおかげである.そのうちの少なくない数の人たちが3月で去って行ってしまうことは、本当に寂しい.しかし、彼らの旅立ちに際して、展望会という形でも、少しだけはなむけが出来たような気がした.けれどもこれはまさに直接そのまま、来年度の自分自身へのはなむけになってしまった.

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RCNP.

Tuesday, February 15th, 2011

古い雰囲気の講義室。緊張した雰囲気で覗くと、がらんとした静かな講義室が目に入った。一目見て、そこで講演をした前回の雰囲気がありありと思い出された。前回は研究会の中の招待講演として呼ばれ、楽しく話したものの、やはり超弦理論に興味の無いハドロン物理学者も多いと見えて、僕の講演の前に退出する外国人もちらほら見えた。一方、わざわざ僕の講演を聴きにそのとき入室してくる人もいた。その情景が、ふっと思い出される。さて、今日はどんな雰囲気になるんだろう。

そう思いながらそーっと覗いていたのは、RCNP、阪大の核物理研究センターの講義室である。原子核の城と呼ぶにふさわしい場所のような気がしている。前の日記にもそう書いたのを覚えている。RCNPに足を踏み入れ、静かな玄関ホールに響く自分の足音を聞き、ホール奥のエレベーターのボタンを押すとき、何とも、城に入った気分がする。

講義室をこっそり覗いていた数分後、僕はすぐに熱い議論のさなかにいた。幸運にもRCNPの方々に今回呼んでいただいて、ぎっちり議論しましょうとの嬉しいお誘いだったのだが、まさにそれが瞬く間に実現していた。土岐さんと保坂さんってすごいね。むちゃ嬉しい。議論をし、瞬く間に二時間のセミナーが終わり(お付き合いくださった皆さん有難うございました)、その後も息もつかずに楽しい議論をたっぷり。大変楽しかった。

超弦理論を原子核に応用するということをやっている僕には、原子核を肌で毎日感じている研究者、そして今までの原子核物理の歴史を肌で知っている研究者、の意見は非常に貴重である。原子核と素粒子は、お隣の分野であるのに、交流が少ない。少なくとも、僕が院生のときには、ゼロだった。exactにゼロだった。その中で育った僕は、原子核のセンスを今学ぶしかない。幸い、素晴らしい原子核物理学者の方々と知り合う機会があり、こうして存分に議論させてもらっている。

セミナーで自分の話をすることはもちろん重要で、それについてのコメントも大変貴重なのだが、今回のRCNP訪問では、一つの質問を、呼んでくださった方に投げかけるというミッションを自分で抱いていた。その質問は、今後の自分の研究の方向性を決めるために重要なポイントであり、また、その答えは、自身の研究の遂行の将来的な実現性を占うためにも重要な答えとなるのは明らかだった。そしてその質問を聞ける人というのは、少なくとも僕にはとても限られていた。今回はその大変貴重な機会だった。

果たして、その質問には、大変具体的な返答をいただいた。その返答の一部は僕にも想像できたものだったが、明確に述べていただいたおかげで、具体性を帯び、そして明確な目標となった。そして、返答の一部は、僕の想像していた者とは全く違っていた。原子核をずっとやっている方には当たり前のことが、僕には全く当たり前ではない。それはメリットでもあるしデメリットでもある。しかしそれがメリットである面とデメリットである面をきちんと把握しておかないと、研究の意義が簡単に転げてしまう。今回たっぷり議論していただいて、厳しいコメントもいただき、自分の研究成果を客観的に振り返ることが出来たのは、大変大きな収穫だった。

帰りの飛行機は一瞬で眠りこけてしまい、また家に帰ってからは夜の育児の当番。

もうあと4日で引越も迫っている。人生、楽しい。

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理研と、人の近さ。

Sunday, January 30th, 2011

理研に移って来て驚いたことは、人間の間の距離が近いことである。週末に、またそれを実感させてくれる出来事があった。

大学や研究機関のような巨大な組織に属していると、機関の中で自身のしたいアクションをとることは、自分の大きなプラスにならないという気がずっとしていたし、東大にいた頃はそれが当然だと思っていた。東大が悪いという訳ではない。東大は教育というミッションを抱えた非常に緻密な機関であり、僕には、そこで学生実験を教えるということだけでも、そのミッションの一翼を担う気概があった。しかしミッションが既に与えられているために、自身のアクションをそのミッションと重ねたり、また、自身からミッションを提案したり、ということは、少なくとも僕はしなかった。吹けば飛ぶような小さなことを除いては、ね。僕が助教だったということも理由の一つだろう。しかし、理研は、全く違った。

理研も巨大な組織である。国や国民からのミッションがある。しかし、なぜだろう、自立的に、しかも機動的に、自身から動いている実感がとても大きい。科学者の楽園、と長らく言われてきた理研は、果たして、僕には楽園なのである。それは、科学者を科学者らしくさせてくれる場所なのである。

楽園、という言葉の意味を考えてみると、それはかなり漠然としていて、おそらく人によって、科学者によって、定義は違うだろう。好きに何をしてもよく、一日中机について好きな科学をやっていればよろしい、それが楽園の大きな定義かもしれない。僕の楽園の定義は違う。科学が人によって全く違うように、その楽園としての考え方が違う。

僕はいつも、新しい物理は人との議論で発生すると信じている。自分の頭の中で思いついたことも、おそらく全ては、他の人との事前の入念でかつ執着的なディスカッションがあったからこそ、頭の中に残り、醸成され、思いつくのである。人との議論を重視するために、今まで僕は、議論が頻繁に行われている場所へ飛び込むことをしてきたように思う。世界の反対側でも研究会に誘われれば絶対に断らず、出かけて行って議論をする。

理研は、抜きん出た専門家が大集結しており、そしてそれら科学者が常に隣り合って議論している、そういう、僕にとっての楽園である。僕は気づくのに時間がかかった。人との関わり方を根本から変える必要があった。理研にいると、「できる」気がする。これは、人間同士が本当に近いこと、が大きな要因である。科学にとって、「できる」気がすることがどれだけ大きいことか。

週末に、野依理事長と面と向かって話す機会があった。機会があった、というより、野依さんに自然に話しかけることが「できる」雰囲気が常にある。で、問題だと思うことを直接話してみた。大声の議論になった。僕は納得できなかった。でも、ものすごく嬉しかった。心が震える感じがした。

野依さんは、理研と日本の科学をリードする、高潔な科学者である。あれほどすごいおっさんを、やはり見たことがない。

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育児と研究と。

Sunday, January 23rd, 2011

娘が生まれて四週間になる。生活環境が激変したことで研究アクティビティを落としたら、それこそ最も自分が自分を嫌いになるので、分担育児を研究の技術にすり替える技術を着々と習得している。

思えば7年前に上の子が生まれた時は、全て妻に任せっぱなし。自分は研究をがんがんやればそれでいいと思っていた。子供が生まれたことは仕事に打ち込むための動機の一つ、という捉え方だった。その頃の日記を見てみると、まさにそう書いてある。しかし今回はかなり違う。家庭の環境がその頃から変わっているということもあるし、研究環境も駒場から理研に移って変わったということもあるが、真の理由はそれではない。むしろ、demandingな環境をいかにさばき能率を上げることが出来るか、を楽しめるようになったという感じだ。

育児はかけがえの無い時間だ。小さな小さな人間としての娘、自分では何も出来ない娘を腕に抱えていると、この時間は他の何物にも代え難いという事実が頭を占領する。一方で、自分にはやりたい仕事があり、家族でやり遂げたい夢もある。で、自分の時間が限られているからどれかをあきらめよう、という考え方は決してしたくない。どれもやる。そのためにはどうすればいいか。そう考える。

誰かがtwitterで言っていた、「育児と仕事を同時にすることは、育児をあきらめることなのです」と。それはある意味正しい。しかし育児には完璧はない。こちらも学んで行くのだ。仕事にも完璧はない。仕事をしながら学んで行くのだ。従って、あきらめるという観点自体を持ち込むことは、疲れた自分をいやす程度の目的でしかない、と理解しておくことは重要だ。健康が第一なので、疲れていると休まないといけない。それはあきらめだろうか。いや、次のステップへの準備なのだ。

夜3時間置きに起きる娘との時間を、幸福に感じることができる今は、成功していると言える。もちろん、妻が献身的に育児をしているから、分担と言っても自身の担当の時間は少なく、それがストレスをかなり軽減しているのは明らかだ。しかし明らかに7年前とは違う自分がいることを認識している。夜起きる必要があるのなら、日本の夜が昼になっているヨーロッパの共同研究者と議論すれば良いではないか。

いろいろな人の助けで、研究室も大変円滑に動いている。研究室発の論文にはRIKEN-MP-#という番号をつけている。研究室が始まって9ヶ月、この番号も13になった。毎週の研究室ミーティングから始まり、議論とセミナーが続々と続く。4月からのセミナーの数も30に近くなっている。まさに、研究室メンバーの努力と、研究室を支えてくださる方々のおかげである。

日本科技大教授上田次郎の言葉が好きだ。「なぜベストを尽くさないのか

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弦理論の地図。

Wednesday, October 20th, 2010

火曜日から、またまた楽しい時間を過ごしている。

二年前に開催してとても楽しかった集中セミナー「弦理論の集い」の第二回を現在開催中。とことん議論しようという集まりで、「研究会」というより、たくさんセミナーがあってそれをintegrateしようという企画と言ったほうが正しい。企画の意図は前回より更に野心的になっている。二本立て。(1)弦理論研究の「現在」を(一部でも)切り取った断面図をみなさんのセミナーでとことん議論して、(2)それプラスちょっとイベント的な企画で弦理論を眺めよう、という感じ。

前者については、質問は拒まずしかし1時間から1時間半で終わるという(前回を踏襲した)スタイルのため、予定した講演内容の三分の一にすら達しないで終了する講演ばかりとなった。しかし僕も含めて皆さん満足げ。というのはやはり、この集まりはdetailを議論するtopic型のものではなく、全体像を把握するためのものであるということで、それを前提に話していただいており、聴衆と講演者が渾然一体となっているからだ。どの講演もとても楽しい。自身の講演では、少なめに5枚用意した板書ノートの1枚目でなんと時間切れ。しかし、メッセージは完全に伝えられた実感あり。質問が議論を呼び、背後の物理について詳しく意見を戦わせられたことが大変良かった。自分の中のイメージもかなり鋭利化できた。すし詰めになったセミナー室は、議論が前から後ろから飛び交い、まったく僕の想像を超えたintegrationだった。

f:id:D-brane:20100921125229j:image:left

後者の「イベント」として企画したのは、弦理論の地図作り、だった。もちろん参加者は偏っているから全体の地図なんて到底完成しないわけだけれど、たまたま、地図を語るためにも、すばらしい講演者たちに来ていただけたと思う。講演者は僕も含めて、94年から98年の弦理論変革期に大学院生でまさに研究を始めた世代、それから10年以上が経過して、その間の様々な弦理論の領域をたどってきた人ばかりだからだ。みなさんが弦理論をどう見ているかということを聞くのも楽しみだったし、そうれを統合してどんな絵が描けるのかにわくわくしていた。なかなか楽しいイベントで、地図を描いてそこに自分のたどってきたルートを記入すれば、自然とそれぞれの研究のポリシーや興味が浮き彫りになる。自分のworldlineとして「どこをたどってきたか」というより「どこをたどってこなかったか」を聞くのが重要だった。どんな物理も正当な批判を受けるべきだしまたどこに将来性を見ているかを説得できる必要がある。不思議なことに、講演者全員のworldlineを書くと、地図のほとんどの領域が埋まってしまった。もちろん、地図には書かれていない領域も多く、単に部分図もしくは偏った図という面もあるだろうかが、埋まったということは不思議であり、また、他の人のたどってきたworldlineを眺めて再体験したり、交点での共同研究などの歴史的経緯も面白かった。

地図が書けたから弦理論の将来が予測できる、なんてことは絶対にない。そういう意味では「弦理論の地図」は役にはたたない。我々の日常使う地図のことを考えたとしても、例えば開拓時代の地図には広大な白紙の領域があるわけで、地図というものは、先人たちが開拓した場所の情報が書かれているだけだからだ。しかし、地図には、先人たちが開拓しようとした領域にどのような重要な問題(白紙の部分)が残っているかを一目で見ることができる、という利点がある。加えて、我々は、登ってみたい大きく険しい山「弦理論山」がそこにあることを知っている。山は白紙の部分にあるかもしれないし、先人が見過ごした領域にじつはルートがあるかもしれない。先人たちの開拓した領域は、開発がどんどん進んでいるものもあれば、やはりそこにも山があり登頂が断念された領域もある。

地図は、このような意義を持っている。一方良く知られたことには、世界地図もどこを中心にどういう向きに書くかで、地図の与える印象がまったく違い、政治的に利用されているということである。弦理論の地図を描くときもまったく同様で、何を中心に書くか、どういう向きに書くかで大きく印象が違う。領域間の関係なんて、結局多次元的で、平面図に書く事などできない。しかしそのあたりに、地図を描くセンスが潜んでいるわけだ。今回、9名の講演者に来ていただいて皆で地図を議論したのは、地図を広く解釈できるか、新しい視点を得られるか、という理由もあった。

まあこんな能書きはともかく、自分の研究の地図を書くというのはほんま楽しいことなわけ。面白かった。大きな黒板に広く書かれた地図は、色とりどりのチョークと登山家の印で一杯になり、ぐちゃぐちゃになった。「弦理論山」を荒らすくらいの元気ある登山家たちで、山が一杯になって欲しい。

地図を見て思うことはもちろん一つ。僕自身も、未踏峰に登頂して、地図を塗り替えたい。

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Japan Physics society Meeting.

Thursday, October 7th, 2010

20100917214451北九州の物理学会。運営委員の任期は一年、二回目だけど運営委員としては最後になってしまう。出きるだけのことはしたい、と思って臨んだ物理学会。たくさんの人と話し、たくさんの人と議論して、たくさんの人に賛同してもらい、学会が楽しくなる方向へ進んだと思う。そう信じたい。

学会初日、午前のセッションの冒頭で、少し時間をもらって、運営委員からということで話をした。「講演時間は15分ではなく10分です。時間を守りましょう。議論の時間である5分間を大切にして、そのときにできるだけ質問コメントをお願いします。」驚いたのは、講演時間が15分であると思っていた人が本当にたくさんいたこと。しかし明らかに、前回の学会と比べると、講演時間10分を守る登壇者が非常に増えた。そのため、議論の時間が明らかに増え、面白い講演には質問がたくさん出たし、つまらない講演は質問が出ず15分より前に終了、ということになった。これは、研究会としては、理想的、というより、まったく当然のことだ。そのレベルにようやく戻ったと言える。当然と言っても、学会に参加してくださる人たちの意識の総意で実現できたわけで、参加のみなさんに感謝したい。

それにしても、厳しいことを言うが、学会の講演で、聴衆に分かってもらおうと思って話している人はわずかとしか思えない。プレゼンとは、聴衆に貴重な時間を割いてもらって、自分の話を聞いてもらっている。そういう超基本的なことを知らない人が多すぎる。そもそも我々の業界では、プレゼンの技術を習得するための授業もなく、また指導も時間的に少なすぎる。そのような講演がほとんどなので、それが業界の標準となってしまうという悪循環である。聴衆が面白いと思えるように講演を構成する、という意識が無さ過ぎると思う。厳しいことを言った。でも、事実でしょう。もちろん、僕も自分の講演は何回も練習をするし(最低限のマナー)、それでも僕の講演をつまらないと言う人もたくさんいるだろう。それは分かっているし、自己反省の機会も多い。でもね、もっと楽しい講演を目指そうよ、と発言して何が悪い。

おかげさまで、理論核物理領域の橘さんと企画した、シンポジウム「クォーク閉じ込めとカイラル対称性の自発的破れ:QCDの難問への多彩なアプローチ」は、立ち見が出るほどの盛況となった。これも、講演者のみなさんに、シンポの趣旨に合うように最大限努力していただき、また講演を聞きに集まってくださった方のおかげ。心よりお礼を言いたい。大変楽しい講演をたくさん聞くことが出来、本当にうれしかった。夜の講演者を囲んでの飲み会では、これまた楽しい時間を過ごし、ほんまこの企画を橘さんと頭を搾って練り上げて良かった。シンポの当日までに必要だったたくさんの調整や事務作業の苦労が、ふっとんだ感じがした。得るところも多く、新しい視点も勉強できたし、また非常に広い視点で問題を見ることが出来るようになったと思う。参加された方それぞれにいろんな思いがあると思うが、それを同じ一つのトピックで共有できると言う幸せは、最低限の共通項として、胸に残った。三月に米谷さんの特別講演を企画したときもそうだったが、本当に企画して幸せやった。

学会といえば、他の領域の話も聞ける、夜は久しぶりに会う人たちと一献、の二大イベントが楽しめるわけだが、運営委員として素粒子論領域に張り付いていなければならない手前、二つのうち後者だけは実行した。毎晩飲みすぎたが、分野を超えた色々なクロスセクションでの交流は、やっぱり学会ならでは。学会活性化についてさんざん議論したり、昔の思い出話に花を咲かせたり、素粒子論の今後を議論したり。新田君と飯塚君の招待講演、これも面白かった。お二人とも物性関係のお話をしてくれて、物性領域とは別々の分科会でも、このような境界領域の話が聞けて良かった。企画した自分の自己満足・自己正当化という面もあるが、僕自身が楽しめるということが企画の成功の可否を握っている、もしくは成功の最低条件である、と思っているので、その意味では・・・。

学会活性化、というと、いろんな意見があると思う。素粒子論委員会と素粒子論懇談会では、少なくとも、学会での物理の議論を活性化するのが第一に重要で、そのために簡単に実施できるところからきちんと実行していく、ということで賛同をいただいた。素粒子論懇談会の最後には、こちらから求めたのだが、拍手で賛同をいただいた。これをお読みの皆さんで、日本物理学会素粒子論領域に参加の皆さん、学会を是非盛り上げていきましょう。

昨日は、大河内君が理研に滞在してくれているので、学会シンポの大河内君の講演の内容を根掘り葉掘り質問させていただくセッションを飯塚君と。大変勉強になった。今日もそれで、議論の続き。楽しい。メッセージもシャープだから、なんとか反例を見つけたくなる。で、少し議論した。

さきほど、来週の理研研究会「弦理論の集い」をsg-lに流した。学会などでバタバタしていて、sg-lに流すのがとても遅くなってしまった。もう来週だが、弦理論の深さを思い切り議論したい。

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My group starts at a new space in RIKEN.

Friday, September 10th, 2010

Blackboard, illuminated by prof. Hirosi Ooguri

Blackboard, illuminated by prof. Hirosi Ooguri

昨日は大栗さんに来ていただき、4+1次元Maxwell-CSに電場を入れたときの不安定性とホログラフィーについて、セミナーをしていただいた。大栗さんの、相変わらずの非常に分かりやすいお話。不安定性のend pointが見つかるということにも驚き。少し勉強しよう。講演のあとでは自分の話も少し聞いていただき、議論させてもらう。

このセミナーではこちらからお願いして黒板を使っていただいた。普通は、黒板を使うと板書で時間をとられて話せる量がスライドの半分くらいになってしまい、講演は難しくなる。大栗さんのお話は、テクニカルなところを上手く省きエッセンスを聴衆に伝える、見本のような黒板の講演だった。セミナーには物性理論の方や原子核の方も見え、良い議論も聞けて、勉強になり、また嬉しかった。大栗さんには黒板に命を吹き込んでもらった感じがする。

先週末から色々なことがあり、研究室が新スペースでスタートした。振り返ってみる。9月3日金曜日、新しい二階のスペースに、研究室の皆さんが移動。新しいスペースはそれ自体気持ちの良いものだが、研究室の宝は構成員であるところの人間なので、これからこのスペースを舞台にして、本当に研究室が始まると実感した。引越しは順調に進み、秘書さんたちの助けもあって、午後4時半から研究室のお披露目を開始。

4時半になってもどなたもいらっしゃらない。ぶらぶらしていると、まずは研究室のみなさんが、シャンパンやスコッチを持って来てくれた。嬉しい。そこで談笑していると、親しい方たちがまず来てくださった。みなさんまず黒板が目に入り、理論屋はやはり黒板談義となる。大きい黒板は、研究室の一つの広告塔でもあり、実務をこなす道具でもあり、また、研究室の誇りともなる。そう期待して。

お披露目は近隣の研究室の方々にお知らせのご招待メールを出したのだが、「5時20分からビールを出します」の文言が効いたようで、続々と近隣研究室の方が来てくださる。やはり交流はお酒ですねぇ。シャンパンが皆さんに注がれたところで、乾杯の音頭をとらせていただいた。

じつのところ、こんなお披露目になるとは思っておらず、数人の方々にお茶を出してのんびりお話しするといったお披露目を想像していた。実際はセミナー室兼お茶部屋が30人以上の人たちで一杯になってしまい、皆でわいわいと大変楽しい時間になった。周囲の皆さんに、研究室が出来ることをこんなに見守っていただいていたのかと改めて知り、感じ入ってしまった。

結局、来てくださった方全員にはお話が出来ず、失礼してしまったかもしれないが、飲んでいる間にも黒板は次々と数式やグラフで埋まり、来てくださった皆さん思い思いに楽しんでくださっていたようなので、ひとまずお披露目の目的は存分に達したと思う。お越しくださった方々、本当にありがとうございました。

夜は11時ごろまでそのまま物理談義「理論VS実験VS格子?」などが続き、盛り上がってしまったが、6ダース用意したビールは半分以上残ってしまった。シャンパンやワイン、日本酒、お菓子などを持ってきてくださった方がたくさん。ほんまにありがたい。残ったビールや茶菓子は、今後しばらくは、いろいろな交流に活躍するだろう。

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Visiting CERN.

Tuesday, March 2nd, 2010

画像-0011Last week I have visited CERN. It was just for a week, but I enjoyed really much discussions with my friend there. I have come to CERN about 5 years ago once, it was for a workshop after a STRINGS conference at Paris. There was a tour of LHC which was under construction then. Our tour group went down the ATLAS cite and I saw a small hole on the huge wall of the hole in which the ATLAS detecter would be built. This hall was nothing but the tunnel in which the superconducting magnets were installed. At that time, it was just a hole, but I remember that I was really moved to see the hole, as I imagined how supersymmetric particles may jump out of this hole!

And now, the time has come, LHC is on the way. I am happy to see many public visitors come to the CERN visitor office and are excited about the new LHC and ask many questions to the scientist guide. Yes, this is it!

Until 5 years ago, I thought that since I am a superstring theorist I would expect nothing out of this LHC. But, eventually, now I am looking very closely at ALICE experiment at LHC, since it will reveal the highest energy heavy ion collision soon. Now QCD at high density can be captured (at least partially and qualitatively) by string theory via gauge/gravity correspondence, I am quite excited to see experimental results of this ALICE experiment (as well as the ATLAS!).

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Nishina center.

Saturday, February 6th, 2010

The theoretical physics laboratory of Riken, to which I belong to, is a part of Nishina accelerator center. The center has a huge accelerator which is specialized for “RIBF”, RI beam factory, with a world-“strongest” superconducting ring cyclotron. You can find movies on how isotopes are accelerated in the beam lines, at the webpage of the Nishina center. My research is on superstring theory but I am currently applying string theory technique to nuclear physics, so this Nishina center is a perfect place for me to get in touch with real nuclear experiments. SRCblack800

Last week, hosted by the director of Nishina center, we had a big party, with alcohol drinks and cakes. This was a get-together party, which the director aimed to have all of the center members to know each other. I eventually enjoyed this party since, as the director aimed, I have met one person who is a visiting experimentalist working in Italy. Her experiments sound very interesting to me, and in fact quite much related to my recent work on strange physics. We talked at the party, and we made a promise that we would get together sometime soon. However, to tell you the truth, I haven’t expected much on this promise, as this was at a party and we have met just for the first time, and I am just a string theorist who should look apparently “different” from nuclear experimentalists. However, on the next day, in the morning, she came to my room! — and we had a good discussion. It was amazing to me that, just at this get-together party, I happend to see an interesting person and could talk really on my project, although she came from the other side of the globe. I thank Nishina center, and the director En’yo.

I hope to report on the progress of my research, on the application of superstring theory to nuclear physics, here. As for my current project, my Mathematica says “I need more memory”…. well, I’ll try to write a new and beautiful code which may cost less memory, hopefully.

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